Blog サウンド オブ サイレンス:クレーム中の否定的限定- The Sound of Silence: Claiming Negative Limitations
January 26, 2022
by Yifan Mao , April Abele Isaacson (和訳:穐場 仁)
明細書は、発明の記載要件を満たさなければならない。1 記載要件を満たすためには、出願人が求める優先日時点で、発明を所有していたことを当業者に対して合理的な明確性(reasonable clarity)をもって伝える必要がある。2 しかし、明細書はどのようにして、存在しない特徴、言い換えれば「否定的限定」を所有していたことを示すことができるか?明細書は特徴および/または特徴の欠如を明示的に記述する必要があるのか? クレームされていない特徴は、それ自体でサポートを示すのに十分であるか? これは、Novartis Pharmaceuticals Corp. v. Accord Healthcare, Inc., 21 F.4th 1362 (Fed. Cir. 2022) 3で取り上げられている問題の1つである。
Novartis Pharmaceuticals Corp. v. Accord Healthcare, Inc.における論争は、「直前のローディングドーズレジメン(loading dose regimen)が存在しない」という否定的限定を含む特許クレームの有効性に関するものである。4 Novartis Pharmaceuticals Corp. (“Novartis”)が特許権者である。地方裁判所は、クレームが有効であり、HEC Pharm Co., Ltd.およびHEC Pharm USA Inc.(総称して「HEC」)の略称新薬出願「(ANDA」)はクレームを侵害するとした。5 HECは、記載要件のサポートがないためにクレームが無効であると主張し、連邦巡回控訴裁判所(Federal Circuit)に控訴した。連邦巡回控訴裁判所(Federal Circuit)は地方裁判所の判決を支持した。6
2022年1月3日の判定において、連邦巡回控訴裁判所(Federal Circuit)は、「直前のローディングドーズレジメン(loading dose regimen)が存在しない」7という否定的限定について、たとえ明細書がローディングドーズ(loading dose)を記載していても、または記載していなくても、出願時の明細書によって裏付けられていると示している。8 両当事者は、(1) ローディングドーズ(loading dose)が1日用量よりも高いこと、(2) ローディングドーズ(loading dose)が通常最初の用量として投与されること、および(3)「ローディングドーズ(loading dose)は医学分野において周知であった」、ことに合意したことに留意する必要がある。9 裁判所は「否定的限定のための明細書における文字通りの根拠の欠如が、記述的サポートの欠如のための一応の事件(prima facie case)を確立するには不十分であり得る」と述べた。なぜなら、記載要件は様々な形態をとることができ、新たに追加されたクレーム制限は黙示的(implicit)または内在的(inherent)な開示を通じて裏付けを見出すことができるからである。10 裁判所は、Novartisの特許における否定的限定がクレームされている薬物(フィンゴリモド塩酸塩(fingolimod hydrochloride))を動物実験および予言的人体臨床試験11 (「予言的試験(Prophetic Trial)」)において使用して開示されている特許の明細書が、いずれの試験においてもローディングドーズレジメン(loading dose regimen)を使用することを開示していないため、黙示的(implicit)または内在的(inherent)の開示によって裏付けられていると判示した。12 裁判所はNovartisの専門家証人の当業者であれば、「特許がクレームされた発明を遂行するために必要なすべての情報を提供する完全な文書」であり、「当業者であれば、仮に予言的試験(Prophetic Trial)にローディングドーズ(loading dose)が含まれていれば、特許にはその旨が明示的に記載されているはずだと判断したであろう」との証言に同意した。13 よって、明細書にはローディングドーズ(loading dose) 、またはその欠如が記載されていないが、「直前のローディングドーズレジメン(loading dose regimen)が存在しない」という限定は、出願時の出願により黙示的(implicitly)に開示され裏付けられている。14
注目すべきは、判決全体を通して、裁判所は、Inphi Corp., 805 F.3d at 1356; Santarus Inc. v. Par Pharmaceutical, Inc., 694 F.3d 1344 (Fed. Cir. 2012); In re Bimeda Research & Development Ltd., 724 F.3d 1320 (Fed. Cir. 2013); Nike, Inc. v. Adidas AG, 812 F.3d 1326 (Fed. Cir. 2016); Erfindergemeinschaft UroPep GbR v. Eli Lilly & Co., 276 F. Supp. 3d 629, 657–58 (E.D. Tex. 2017), aff’d, 739 F. App’x 643 (Fed. Cir. 2018)から引用して、「否定的クレーム限定に新たな高められた基準(new and heightened standard)」はないとの立場を再確認した。15 「肯定的な記載が単に存在しないだけでは、排除の根拠とはならないが」16 、「当業者が明細書を読んで、新しい文言が明細書に示された発明を反映していると認識する場合、後にクレームに現れる制限に明細書が具体的に言及しなかったことは、致命的なものではない。」17 裁判所は、開示が当業者の文脈および知識、更には常識さえも考慮して当業者の視点から読まれなければならないことを強調した。18 また、特許権者は、クレームが矛盾する複数の実施形態をカバーしており、そのためにサポートが存在しないと当業者に理解される場合を除き、明細書に記載された任意の特定の実施形態をクレームし、その他の実施形態をクレームしないことを、説明なしに、選択できる。19
Takeaways:
否定的限定を記載するクレームを防御する必要がある特許権者にとって、本事例は沈黙のみでは不十分であるが、黙示的(implicit)または内在的(inheren)の開示、当業者の知識、および常識が、沈黙において「サウンド」を引き出し、適切な開示を構成することができることを示す。専門家の証言または陳述は、この立場を支持するのに役立ち得る。
否定的限定を記載するクレームの挑戦者にとって、「単に肯定的な記載がないだけでは排除の根拠とはならない」20 ということは依然として真実である。さらに、連邦巡回控訴裁判所(Federal Circuit)はほとんど全ての記載要件(written description)に関する訴訟において、記載要件の準拠は事実に基づく審査であり、クレームに記載された発明の性質によって必然的に異なるという原則を繰り返し述べている。21 挑戦者はクレームに記載された発明が、その特徴の不在が開示から明示的にも黙示的(implicitly)にも容易に想定されないような性質のものであると主張することができる。
Yifan Maoは、弊所Menlo Park オフィスのシニアアソシエイト、April Abele IsaacsonはSan Francisco オフィスのパートナーである。
表明された意見は執筆者の意見であり、必ずしも弊所、弊所クライアント、またはそれぞれの関連会社の見解を反映するものではない。本記事は一般的な情報目的のためのものであり、法律上の助言であることを意図したものではなく、法律上の助言とみなされるべきではない。
1 35 U.S.C. § 112.
2 Vas-Cath Inc. v. Mahurkar, 935 F.2d 1555, 1562 (Fed. Cir. 1991).
3 本記事のテーマではないが、裁判所は用量限度(dosage limitation)に関する記載要件についても言及している。
4 Novartis, 21 F.4th 1362, at *1 (quoting U.S. Pat. No. 9,187,405 col. 12 ll. 54–55 (filed Nov. 17, 2015)). ‘405特許内で異議のクレームは、「それを必要とする対象における再発寛解型多発性硬化症(Relapsing-Remitting multiple sclerosis)の再発を軽減または予防もしくは緩和する方法であって、遊離形態または薬学的に許容される塩形態の前記対象の2-アミノ-2-[2-(4-オクチルフェニル(octylphenyl))エチル]プロパン-1, 3-ジオールを、直前のローディングドーズレジメン(loading dose regimen)が存在しない状態で一日用量0.5mgを経口投与することからなる」と解釈する。‘405 Patent col. 12 ll. 49–55.
5 Novartis, 21 F.4th 1362, at *3.
6 Id. at *11.
7 ‘405 Patent at col. 12 ll. 54–55. 両当事者はローディングドーズ(loading dose)が1日用量よりも高いこと、ローディングドーズ(loading dose)が通常最初の用量として投与されること、およびローディングドーズ(loading dose)は医学分野において周知であったことに合意した。
8 Novartis, 21 F.4th 1362, at *11.
9 Id. at *1.
10 Id. at *6, *8 (citation omitted).
11 ‘405特許内の予言的試験(Prophetic Trial)は、RRMS患者が0.5, 1.25, or 2.5 mgのS1Pのレセプターモジュレーター(receptor modulator)等を投与される試験が記述されている。化合物A(フィンゴリモド塩酸塩(fingolimod hydrochloride))を1日1回、2~6か月間投与する。明細書には予言的試験(Prophetic Trial)に伴うローディングドーズ(loading dose)については記載がない。
12 Novartis, 21 F.4th 1362, at *8.
13 Id. at *8, *9 (強調付加).
14 ‘405 Patent col. 12 ll. 54–55; Novartis, 21 F.4th 1362, at *10–11.
15 Novartis, 21 F.4th 1362, at *6–7 (quoting Inphi Corp. v. Netlist, Inc., 805 F.3d 1350, 1356 (Fed. Cir. 2015)).
16 Id. at *8.
17 Id. at *7.
18 Id.
19 Id. at *7 (引用Erfindergemeinschaft UroPep GbR, 276 F. Supp. 3d at 658).
20 Id. at *8 (引用 MPEP § 2173.05(i) (9th ed. Rev. 10.2019, June 2020)).
21 Novartis, 21 F.4th 1362, at *8.
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