Alerts 近時の判決が、生成AI、秘匿特権、およびプライバシーに関する期待をめぐる疑問を投げかけている
Written by Joel D. Bush (和訳:穐場 仁)
最近出された米連邦裁判所の3件の判決は、一般向けの生成AIプラットフォームを使用して作成された資料が、弁護士・依頼者間の秘匿特権 (Attorney-Client Privilege) またはワーク・プロダクトの法理 (work product doctrine) によって保護されるかどうかについて判断を下した。また、これらの判決は、AIツールを利用する際のプライバシーに関する期待 (privacy expectations) についても重要な問題を提起している。
裁判所の判断
United States v. Heppner (S.D.N.Y. Feb. 17, 2026). Heppnerケースは、詐欺罪で起訴された元CEOのBradley Heppnerに関するものである。Heppnerは、Anthropic社のClaude (一般公開されているプラットフォーム) を使用して、自身の弁護に関連する31件の文書を作成し、その後、それらの文書を弁護人に送付した。争点は、これらのAI生成文書が弁護士・依頼者間の秘匿特権 (Attorney-Client Privilege) またはワーク・プロダクトの法理 ( work product doctrine) によって保護されるかどうかであった。
裁判所は以下の理由で却下:
- 当該文書は被告と弁護人との間のやり取りではなく、被告とAIツールとの間のやり取りであったため、弁護士・依頼者間の秘匿特権は適用されない。
- 質問への回答で、Anthropic社のClaudeは「弁護士ではないため、正式な法的助言や提言を行うことはできません」と回答し、さらにユーザーに対し、「あなたの具体的な状況を適切に評価できる有資格の弁護士に相談すべき」と勧めた。
- 裁判所は、AI文書が「(Heppnerの) 手元に残っていたとしても秘匿特権の対象とはならない」ため、弁護人に「転送されたという理由だけで保護を受けるようになったわけではない」と判断した。
- 裁判所によれば、「秘匿特権の対象とならない通信は、弁護人と共有されたからといって、魔法のように秘匿特権の対象となる通信に変わるわけではない」。
- AIプラットフォームとの通信は秘密扱いではなかった。Anthropic社の利用規約では、同社が入力データや出力データを含むユーザー・データを収集し、規制当局などの第三者に開示する可能性があることが認められている。
- また、文書は「被告が自らの意思で作成した」ものであり、したがって依頼人やAIの理論を反映したものであって、弁護人の法的戦略を反映したものではないため、ワーク・プロダクト保護 (Work product protection) も適用されなかった。
- 裁判官は、もし弁護人がAIツールの使用を指示していたならば判断は異なっていたかもしれないと指摘したが、本件ではそのような事実は認められなかった。
Warner v. Gilbarco (E.D. Mich. Feb. 10, 2026). Warnerケースは、訴訟に関連して一般公開の汎用AIプラットフォームを利用した本人 (pro se) 訴訟の原告が関与した事案である。
裁判所は次のように判断:
- 本人訴訟の当事者が汎用AIプラットフォームを用いて、かつ訴訟を見越して作成した資料は、本人訴訟の当事者が当該資料についてワーク・プロダクト保護を主張する権利を有するため、ワーク・プロダクトの法理 ( work product doctrine) によって保護される。
- 一般公開の汎用AIプラットフォームへの内心的印象の開示は、権利放棄には該当しない。なぜなら、ワーク・プロダクト資料の権利放棄には、相手方への開示 (あるいは少なくとも相手方の手に渡る可能性の高い方法での開示) が必要とされるからである。
- 要するに、AIツールに内心的印象を共有することは、相手方の弁護人にそれを手渡すこととは根本的に異なる。
- 裁判所は、「ChatGPT (およびその他の生成AIプラットフォーム) は、たとえその背後に管理者がいたとしても、人ではなくツールである」と述べた (オリジナル文強調)。
- 裁判所は、生成AIの使用がワーク・プロダクト保護の放棄とみなされる場合、そのような判断は「ほぼすべての現代的な起草環境においてワーク・プロダクト保護を無効化することになり、いかなる裁判所もそのような結果を支持したことはない」と指摘した。
Warner ケースの判決は、Heppnerケースにおけるワーク・プロダクトの結論と矛盾しているように見えるが、両ケースの事情は異なっていた。Heppner ケースは、Warnerケースとは異なり、弁護人に代理されていた被告が関与しており、被告自身が自ら弁護を行っていたわけではない。
Morgan v. V2X, Inc. (D. of Colo. Mar. 30, 2026). Morganケースでは、雇用差別訴訟を自ら (pro se) 代理して提起した原告が、自身の訴訟に関連して汎用AIプラットフォームを利用したが、被告は、原告がAI利用によって得られた成果物について主張したワーク・プロダクト保護 (Work product protection) に異議を唱えた。
裁判所は次のように判断:
- Warnerケースと同様に、本人訴訟の原告は、AIプラットフォームによって生成された資料に関してワーク・プロダクト保護を主張することができる。
- 「本人訴訟当事者が訴訟準備の補助としてAIを利用するという文脈の場合、そのAIの利用は、Rule 26(b)(3)が保護することを意図した、機密性が高く、戦略的な要素を含む反復的なワーク・プロダクトに極めて類似している。」
- 裁判所は、Heppnerケースについては、「(Heppnerケースの) 被告が弁護士とは全く独立して行動していたため、当事者と弁護士の間に隔たりがあった」としHeppnerケースと区別した。「自己代理の文脈においては、そのような隔たりは存在しない」のは、「自己代理の訴訟当事者は、当事者であると同時に代理人でもある」からである。
これら判断が意味すること
一方で、これらの判決はいずれも確立された原則を適用したものに過ぎないため、特筆すべき点はない。一般公開されている生成AIプラットフォームへの入力内容に秘密性が伴わない場合、弁護士・依頼者間の秘匿特権 (Attorney-Client Privilege) は適用されない。機密性が弁護士・依頼者間の秘匿的通信の要件の一つであることは、古くから確立されている。United States v. Mejira, 655 F.3d 126, 132 (2d Cir. 2011). ワーク・プロダクト保護 (Work product protection) は、自己代理訴訟を行う当事者にも及ぶ。また、弁護士・依頼者間の秘匿特権は第三者への開示によって放棄されるが、ワーク・プロダクト保護は訴訟の相手方への開示によってのみ放棄される。生成AIプラットフォームへの「開示」は、相手方への開示ではない。要するに、これらの判決は、確立された法理を新技術に適用した結果として、主に導かれている。
一方で、これらの事例は、一般公開されている生成AIプラットフォームの利用に対して、プライバシーの期待 (expectation of privacy) が適用されるか、あるいは適用されるべきかという疑問を提起している。HeppnerケースにおけるJudge Rakoffは、こうした一般公開プラットフォームの利用にはそのようなプライバシーの期待は存在しないと結論付けた。「AIユーザーは、『…一般にアクセス可能なAIプラットフォームとの会話』において実質的なプライバシー上の権利を有していない」。その理由は、「ユーザーが自発的にプラットフォームに(コンテンツを)開示している」こと、そして「プラットフォームが『通常の業務の過程で(コンテンツ)を保持している』」からである。その結果、Judge Rakoffによれば、「Anthropic社のClaudeとの『通信において、合理的な機密保持の期待』は存在し得ない」ことになる。
しかし、Magistrateケースを担当しMagistrate Judge Braswellは、異なる見解を示している。
「ChatGPT、Claude、GeminiなどのAIシステムが、… トレーニングやその他の目的でユーザー・データを収集していることは事実である。しかし…それによってプライバシーの期待がすべて消滅するわけでも、保護措置が自動的に放棄されるわけではない。」
Magistrate Judge Braswellは、汎用AIを電子通信というより広い文脈に位置づけ、「私たちの携帯電話、コンピュータ、家庭内のスマートデバイス、その他の電子機器が、よりきめ細かなサービスを提供するために私たちに関する情報を収集している」という事実を指摘している。彼女は、この現実が「Gmailアカウントを持つ者は誰でも、機密性やプライバシーに関するすべての権利を放棄したことになるのか?」と問いかける。また、彼女は次のように指摘している。「AIツールの機能を考慮すれば、たとえツール背後で第三者が情報を収集・保存していることを理解していたとしても、個人がこれらのツールを利用する際に一定のプライバシーと機密性を期待することは、全くもって合理的である。」
これらの指摘は付随的意見 (dicta) に過ぎないが、Googleアカウントや生成AIプラットフォームといった第三者の技術システムを経由して機密情報が送受信されることが、プライバシー保護を損なうかどうかという今後の議論を予見するものである。
批判派の声
Heppner判決は大きな議論を巻き起こしており、批判派は、この判決が生成AIに伴うリスクを過大評価しており、デジタル時代における秘匿特権の実務的な適用を誤って解釈している可能性があると主張している。特に、2026年4月6日付のWall Street Journalのan op-ed piece in the Wall Street Journalでは、「この理屈が通れば、その影響は人工知能の領域をはるかに超えて及ぶことになるだろう」と論じられている。
批評家たちは次のように主張している:
- Judge Rakoffは、 AIプラットフォームを誤って「人間のように」扱い、被告と「通信」を行ったとみなした。「しかし、AIは人間ではない…[AIは]証言を求められたり、警察に通報したり、秘密を漏らしたりすることはできない。」
- 第三者への開示リスクは、「『第三者』がサーバー上で動作する統計モデルである場合には存在しない」。
- AIプラットフォームへの情報入力は、「Google Docsのようなクラウドベースのソフトウェアに入力することと何ら変わらない」。問題は、「Google Docsが秘匿特権を生み出すか」ではなく、「Google Docsが秘匿特権を破壊するか」であり―そして、そうであると考えている人は誰もいない。
したがって、Heppner判決は、AI利用時の秘匿特権の喪失に対する懸念を引き起こしており、正当かつ効率的な法務ワークフローを阻害する可能性がある。一部の法曹関係者は、技術支援を受けた法務実務の進化する実情を反映させるため、裁判所が秘匿特権の法理を適応させるべきだと考えている。
今すぐ行うべきこと
Heppnerケースにおける裁判所の明確な姿勢を踏まえ、法律専門家および依頼人は、AIツールを利用する際に秘匿特権を保護するため次のような積極的な措置を講じる必要がある。
- 秘匿特権の対象となる業務に一般公開AIプラットフォームを使用しない: 第三者によってユーザー・データがアクセスまたは開示される可能性がある一般公開AIツール上で、機密性の高い文書や法的分析を作成しない。
- 早期に弁護人を関与させる:秘匿特権の対象となる資料は、依頼人が独自に作成するのではなく、弁護人の指示の下、法的戦略の一環として作成されるようにする。
- 社内ポリシーの見直しと更新: AI利用に関する秘匿特権のリスクとベストプラクティスについて、依頼人やチームに周知徹底する。適切な保護措置が講じられていない限り、秘匿特権や機密業務における生成AIの利用を制限する社内ガイドラインを導入する。
これらの予防措置を講じることで、法務部門や法律事務所は、秘匿特権の放棄リスクを最小限に抑え、現在の司法の期待に沿ったコンプライアンスを確保することができる。
キルパトリックは、秘匿特権とAIの利用に関する判例の動向や裁判所からの指針を引き続き注視してまいります。これらの判断が貴社にどのような影響を与えるかについてご質問がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
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