Alerts 生成AI時代の秘密保持命令 (Protective Orders):秘密情報を守るためのベスト・プラクティス

2026年05月01日

Written by Joel D. Bush (和訳:穐場 仁)

連邦裁判所は、秘密情報を含む証拠開示資料が、ユーザーの入力データを保持し、それをトレーニングに使用したり第三者と共有したりする生成AIプラットフォームにさらされるという新たで重大なリスクに対処するため、秘密保持命令 (protective order) の文言を急速に整備している。2025年から2026年初頭にかけて、少なくとも5つの連邦地方裁判所 (federal district courts) が、保護対象資料に関して生成AIプラットフォームの使用を制限する具体的な秘密保持命令条項を発令または検討しており、連邦控訴裁判所 (federal appellate court) も、これらのツールを使用する際の弁護士の倫理的義務を強調している。これらの事例は、AIに特化した予防的な条項がもはや任意のものではなく標準的な慣行でなければならないことを示している。

法的枠組み

Federal Rule of Civil Procedure 26(c)(1)(G) は、正当な理由がある場合、裁判所が「営業秘密またはその他の機密の研究、開発、または商業情報を開示しないこと、あるいは特定の方法でのみ開示することを求める」秘密保持命令を発令することを認めている。この規定は、秘密保護命令におけるAI特有の制限に関する中心的な法的根拠となっており、裁判所は、Rohrbough v. Harris, 549 F.3d 1313, 1321 (10th Cir. 2008) で説明された「極めて柔軟な (highly flexible)」正当な理由の基準に基づいてこれを適用してきた。

根本的な懸念は単純明快である。一般に公開されている生成AIプラットフォームは、通常、ユーザーの入力データを保持し、提出されたデータをモデルの学習に使用し、政府の規制当局を含む第三者へのデータ開示の権利を留保している。ニューヨーク南部地区連邦地方裁判所 (Southern District of New York) がUnited States v. Heppner, 2026 WL 436479 (S.D.N.Y. Feb. 17, 2026) で判示したように、データ収集、トレーニングへの利用、および第三者への開示を認めるAnthropic社の明示的なプライバシーポリシーを考慮すれば、一般に利用可能なAIプラットフォームのユーザーは、「Claudeとの通信において『合理的な機密保持の期待』を持つことはできなかった」と言える。Heppnerケースにおける裁判所の見解によれば、特権情報をそのようなプラットフォームに送信することは、「あたかも他の第三者と共有したかのように」、弁護士・依頼者間の秘匿特権 (attorney-client privilege ) を完全に放棄する第三者への開示に該当する。

秘匿特権の問題に加え、裁判所は、オープンなAIツールに一度送信されたデータを回収することが事実上不可能であるという点が特有のリスクをもたらすことを認めている。Jeffries v. Harcros Chemicals Inc., 2026 WL 820218 (D. Kan. Mar. 25, 2026) において、裁判所は、オープンなAIツールが「情報の開示、管理権の喪失、および当該情報のセキュリティ、保存と、その他のデータ処理に関する不確実性のリスク」を伴うと説明し、また「その情報はAIツールの学習に使用された」ため、オープンなAIツールからデータを回収することは「事実上不可能」であると述べた。また、裁判所は、米国のデータプライバシー法およびEU 一般データ保護規則 (European General Data Protection Regulation, GDPR) への違反の可能性にも言及した。

「ツール」としてのAI  vs.「第三者」としてのAI:秘匿特権ワーク・プロダクト (Work Product) の区別

裁判所は、弁護士・依頼者間の秘匿特権 (attorney-client privilege) とワーク・プロダクトの法理 (work product doctrine) の下で、AIプラットフォームの利用がどのように扱われるかについて重要な区別を設けている。

弁護士・依頼者間の秘匿特権の観点からは、HeppnerケースはAIプラットフォームへの入力情報を第三者への開示とみなしており、これにより機密性が失われ、秘匿特権が放棄されることになる。しかし、ワーク・プロダクト (work product) の観点からは、その分析は異なる。ミシガン州東部地区連邦地方裁判所 (Eastern District of Michigan) は、Warner v. Gilbarco, Inc., 2026 WL 373043 (E.D. Mich. Feb. 10, 2026) において、一般公開されている生成AIプログラムは「たとえどこかのバックグラウンドで管理者がいるとしても、人ではなくツールである」とし、ワーク・プロダクトの放棄は「相手方に対する放棄、あるいは相手方の手に渡る可能性の高い方法によるものでなければならない」と判示した。Warnerケースにおいて、裁判所は、訴訟資料の作成において自己代理 (pro se) の原告が生成AIツールを使用したことによるワーク・プロダクトの放棄は認められないと判断した。

Morgan v. V2X, Inc., 2026 WL 864223 (D. Colo. Mar. 30, 2026) においても同様に、「AIとのやり取りは、自動的にワーク・プロダクト保護を侵害するものではない」と判示された。その理由として、「何らかの法的手続きによって開示が強制されない限り、当該情報が相手方の手に渡る可能性は極めて低い」からである。Morganケースは、Heppnerケースとの相違点を指摘し、本人代理訴訟の文脈においては「本人代理の訴訟当事者は、当事者であると同時に代理人でもある」ため、Heppnerケースにおいて決定的であった当事者と弁護士との間の隔たりが解消されることを指摘した。

この隔たりは重大な意味を持つ。ワーク・プロダクト保護はAIプラットフォームの利用下でも維持される可能性があるが、弁護士・依頼者間の秘匿特権は明らかに維持されない。また、データ保有権を有するプラットフォームに提出された場合、保護命令の下で保護対象と指定された資料の機密性も同様に維持されない。

AIに関する保護命令の文言における4つの新たなアプローチ

米連邦裁判所は、秘密保持命令において生成AIによる開示リスクに対処するための4つの主要なモデルを確立した。

モデル1:全面禁止アプローチ (Blanket Prohibition) Fiorito v. Metropolitan Council, 2025 WL 1806612 (D. Minn. 025) において、裁判所は以下の内容を含む秘密保持命令を発令した。

いかなる当事者も、ChatGPT (これに限定されない) などの生成型人工知能プラットフォームに対し、機密データ (Confidential Data) をアップロードまたはその他の方法で開示してはならない。

この文言は簡潔かつ明確で適用しやすいが、一般消費者向けプラットフォーム (深刻な機密保持リスクを伴う) と、強力な契約上のデータ保護を提供し得る企業向けまたはクローズ型AIツールとの区別を行っていない。

モデル2:データ権利アプローチ (Data-Rights Approach) United States v. Jackson, 2025 WL 1666249 (W.D. Wash. 2025) および United States v. Navarro Hernandez, 2025 WL 3290753 (W.D. Wash. 2025) の両ケースにおいて、裁判所は以下の内容を含む秘密保持命令を発令した。

秘密保持対象資料 (Protected Material) は、秘密保持命令の適用を受けることに明示的に同意していない当事者が当該データに対する権利を保有している場合、生成型 (AI) か否かを問わず、いかなる人工知能 (AI) ツールまたはモデルにも読み込んではならない。

この規定は、生成型か否かを問わず「あらゆる」種類のAIツールに適用され、AIプロバイダーが秘密保持命令の要件に拘束されることに同意しているかどうかに焦点を当てている。これにより、本命令に沿ったデータ保護を契約上約束するAIツールの使用が許容される。

モデル3:契約上の保護措置アプローチ (Contractual Safeguards Approach) 最も詳細なフレームワークは、the District of Coloradoが Morgan v. V2Xケースにおいて策定したものである。同裁判所は双方の提案を退け、独自の文言を以下のように盛り込んだ:

いかなる当事者または権限を有する受領者も、生成型、分析型、または大規模言語モデルに基づくツール (AI) を含む、いかなる最新の人工知能プラットフォームに対しても、「機密 (CONFIDENTIAL)」情報を入力、アップロード、または送信してはならない。ただし、AIプロバイダーが契約上、次の行為を禁止されている場合にはこの限りではない。(1) モデルの訓練または改善のために入力を保存または使用すること、および (2) 当該開示がサービスの提供を円滑に行うために不可欠な場合を除き、入力を第三者に開示すること。サービス提供のために第三者への開示が不可欠である場合、当該第三者は、本命令で要求されるものと同等以上の秘密保持義務を負わなければならない。さらに、AIプロバイダーは、契約上、当事者または権限のある受領者に対し、要請に応じてすべての「機密 (CONFIDENTIAL)」情報を削除または消去する権限を付与しなければならない。これらの要件を満たすと主張するAIを使用しようとする当事者は、これらの契約上の秘密保持措置に関する書面による記録を保持しなければならない。

裁判所は、実質的な影響として、「標準的なChatGPT、Claude、Gemini、または類似のプラットフォーム」を含め、「すべてではないにせよ、主流の低コストあるいは無料のAIのほとんどが、機密情報の処理に使用できなくなる」と指摘した。

Morganケースの裁判所は、「安全で閉じた環境」で動作するAIへのアップロードを許可するという原告の提案した文言を却下し、それは「今日の広く利用可能なAIプラットフォームに特有のリスク」ではなく、不正アクセスに関するサイバーセキュリティ上の懸念に対処するものであると判断した。また、裁判所は被告が提案した文言についても、「過剰に設計された」ものであり、「被告とAIプロバイダーとの契約上の関与の厳密な範囲に合わせるよう作成された」として却下し、その結果、相手方の視点からは「曖昧」な条項となったと指摘した。さらに裁判所は、この制限を踏まえ、情報を過度に「機密」として指定することに対して当事者に警告し、原告に対し、過去に機密資料で使用したAIプラットフォームの名称を開示するよう命じた。

モデル4:通知および安全な環境アプローチ (Notice-and-Secure-Environment Approach)  Jeffries v. Harcros Chemicals Inc. は、最も包括的なAIフレームワークを示している。当初の秘密保持命令では、AIツールの使用を意図する当事者は、以下のことを行うことが求められた。

(1) 他の当事者に通知を行い、異議を申し立てる機会を与えること;

(2) AIツールが安全な環境で使用されることを確保し、当該訴訟において専ら使用されるものを除き、機密情報がAIツールの学習や改善に使用されないことを確保すること;

(3) AIツールの学習に使用された機密情報は、訴訟終了時に破棄され、権限のない者がアクセスできないようにすることを確保すること;および

(4) すべての機密情報は、訴訟終了時に削除されることを確保すること。

その後、裁判所は、これらのAIに関する制限を、非機密文書を含むすべての証拠開示資料に拡大する申し立てを認め、「オープン・ループ (open loop) 型」または一般公開型の生成AIツールへの入力を全面的に禁止した。

裁判所は、オープンなAIツールからデータを回収することが事実上不可能であること、前例のない規模での集中型リポジトリ (centralized repository) に伴うセキュリティリスク、GDPR違反の可能性、および一部の被告の事業が重要インフラに指定されていることを根拠に、正当な理由があると判断した。さらに、裁判所は合衆国憲法修正第1条 (First Amendment) に基づく異議を退け、本命令は審理前の証拠開示の文脈に限定されたものであり、他の情報源からの非機密情報の公的な普及を妨げるものではないと指摘した。

弁護士の倫理的義務

第6巡回区控訴裁判所 (Sixth Circuit ) は、United States v. Farris, 171 F.4th 920 (6th Cir. 2026) において、「人工知能ツールを使用することを選択した弁護士は、その倫理的義務に則った方法でこれを行わなければならない」と強調し、特に「依頼人の機密情報の保護および弁護士・依頼者間の秘匿特権 (attorney-client privilege) の維持」を関連する措置として挙げた。同裁判所は、管轄区域を横断して適用可能な倫理規則や指針をまとめたものとして、ABA Task Force on Law & AI’s Year 2 Report (2025) を参照した。これらの倫理的義務は、いかなる秘密保持命令からも独立して存在し、実務家が提案する秘密保持命令においてAIプラットフォームの利用について明示的に言及する必要性を裏付けている。

Farrisケースにおいて、裁判所は、引用された法的根拠を適切に検証せずにAIを用いて上訴答弁書を作成し、その結果、誤った引用や誤解を招く法的主張が生じた弁護士に対して制裁を科した。裁判所は、代理人に対し刑事司法法 (Criminal Justice Act) に基づく報酬の支払いを認めず、意見書を懲戒当局に送付するとともに、代わりの代理人を任命した。本ケースは、能力および誠実義務が「弁護士が使用するツールにかかわらず適用される」という事実を痛感させるものである。

今すぐ取るべき措置

この分野の急速な発展を踏まえ、実務家は以下の措置を講じるべきである:

AIに特化した条項を積極的に提案する。裁判所は、当事者が当初含めていなかった場合でも、AIに関する制限を課す意向を示している。最も保護的なアプローチであり、かつ紛争が生じる可能性が最も低いのは、Morgan v. V2X [上記のモデル3] における契約上のセーフガード・モデルである。これは、プラットフォームを問わずあらゆるAIツールに適用可能な明確な基準を提供するものである。

訴訟開始前にコンプライアンスに準拠したAIツールを特定する。文書レビュー、法務調査、または保護対象資料を伴うその他の訴訟業務にAIを使用する予定の当事者は、紛争が発生する前に、トレーニングや第三者への開示の契約上の禁止、削除権、書面による記録など、契約上の秘密保持要件を満たすエンタープライズレベルのAI製品を特定しておくべきである。

特権情報を一般公開されているAIプラットフォームに決して送信しないこと。秘密保持命令がない場合でも、一般公開されているAIプラットフォームに機密情報を送信することは、Heppnerケースの判例に基づき、弁護士・依頼者間の秘匿特権 (attorney-client privilege) の放棄につながるリスクがある。

 既存の秘密保持命令がAIによる情報開示を既にカバーしているかどうかを評価する。 広範な開示禁止条項を含む秘密保持命令がすでに発令されている場合、Morganケースの指摘通り、データ権利を保持するAIプラットフォームに保護対象資料を提出することは、それ自体が秘密保持命令違反となる可能性がある。

社内ポリシーを見直しアップデートする。 AIの利用に関する機密リスクやベスト・プラクティスについて、クライアントやチームに周知徹底する。適切な保護措置が講じられていない限り、特権情報や機密情報に関する業務において生成AIの使用を制限する社内ガイドラインを導入する。

機微な案件については、Jeffries判例のアプローチの拡大適用を検討する。重要インフラ、GDPRの対象となる事業体、またはその他のデータ機密性が高い案件においては、Jeffries 裁判所がAIに関する制限を提出された証拠資料の全範囲に拡大適用する意向を示していることを踏まえ、機密と指定された資料だけでなく、すべての証拠資料を対象とする制限を提案することを検討する。

AIに関する契約上の保護措置の文書を保存する。Morganの枠組みの下では、AIの使用を意図する当事者は、契約上の秘密保持措置に関する文書を保存しなければならない。実務家は、当然のこととしてこれらの記録を維持し、機密資料に使用されたAIプラットフォームを裁判所に特定できるよう準備しておくべきである。

キルパトリックは、秘密保持命令およびAIの使用に関する判例の推移や裁判所からのガイダンスを引き続き注視していきます。これらの判決が御社にどのような影響を与えるかについてご質問がある場合は弊所までご連絡ください。

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