Alerts 米連邦巡回区控訴裁判所、実施可能要件の欠如により「単位用量 (Unit Dosage )」治療クレームを無効と判断

2026年07月21日

Written by Yifan Mao and David A. Reed  (和訳:穐場 仁)

2026年7月9日、米連邦巡回区控訴裁判所 (U.S. Court of Appeals for the Federal Circuit, CAFC) は、Wyeth LLC v. AstraZeneca Pharmaceuticals LP, __ F.4th __, 2026 WL 1981095 (Fed. Cir. 2026) において、デラウェア州連邦地区裁判所 (District of Delaware) による法律問題としての判決 (Judgment as a Matter of Law, JMOL) を支持する判決を下した。本判決により、実施可能要件 (enablement requirement) を満たしていないとして、Wyethが保有する米特許第10,603,314号および第10,596,162号のクレームが無効とされた。

陪審はWyethに対し、誘導侵害 (induced infringement) の損害賠償金として1億750万ドルの支払を命じる評決を下していたが、CAFCはWyethの特許がゲフィチニブ (gefitinib) 及び/又はエルロチニブ (erlotinib) 耐性非小細胞肺がん (non-small cell lung cancer , NSCLC) を治療するクレームの方法について、実施可能要件を満たしていないと判断した。CAFCの判決は、クレームに対応する明細書の開示内容が最適化されていない試験管内データ (un-optimized in vitro data) に依存しており、かつ、特定の好ましい実施形態において示された用量の範囲で毒性を示す可能性があるような場合、生体 (vivo human) におけるヒト治療方法の権利化について法律上の課題を浮き彫りにした。

訴訟対象クレーム

 本件の技術は、「不可逆的 (irreversible)」 EGFR阻害薬を用いたゲフィチニブ (gefitinib) 及び/又はエルロチニブ (erlotinib) 耐性非小細胞肺がん (non-small cell lung cancer , NSCLC) の治療方法に関するものである。Wyethは、AstraZenecaがタグリッソ(Tagrisso) (オシメルチニブ, osimertinib) の販売を通じて自社特許の誘導侵害 (induced infringement) を行っているとして主張していた。

‘314特許の代表的なクレームであるクレーム1は、以下のように記載されている。

薬を必要とする患者におけるゲフィチニブ (gefitinib) 及び/又はエルロチニブ (erlotinib) 耐性非小細胞肺がん (non-small cell lung cancer , NSCLC) を治療する方法であって、当該患者に、不可逆的 (irreversible) な上皮成長因子受容体 (EGFR) 阻害剤の単位用量 (unit dosage) を含む医薬組成物を…毎日投与する…方法。

地方裁判所は、明細書自体に記載された定義を用いて「単位用量 (unit dosage)」を次のように解釈した:「被験体に対する単位用量として適した物理的に分離された単位であり、各単位には所望の治療効果をもたらすよう算出された所定量の有効成分が含まれている…」¹

裁判所の実施可能要件に関する判断

 1. 試験管内 (In Vitro) データと 生体内 (In Vivo) クレームのミスマッチ

CAFCによる実施可能要件の分析では、クレームの範囲と明細書の記載内容との間のミスマッチに焦点が当てられた。Wyethのクレームは、がん (ゲフィチニブ (gefitinib) 及び/又はエルロチニブ (erlotinib) 耐性非小細胞肺がん, NSCLC) を治療するためにヒト患者へ単位用量を毎日投与することを要求しているのに対し、裁判所は、明細書には試験管内でがん細胞を死滅させるのに十分な記載しか開示されていないと判断した。²

Wyethの明細書には、EKB-569、HKI-357、HKI-272の3つの化合物が記載されていたが、特許内に提示されたデータは、厳密に試験管内 (in vitro) の実験に限定されていた。

Amgen, Inc. v. Chugai Pharmaceutical Co., 927 F.2d 1200, 1217 (Fed. Cir. 1991) の前例を引用し、CAFCは次のように改めて指摘した:「地方裁判所は、生体内 (in vivo) の限定と認定されたクレームのサポートとして 試験管内 (in vitro) のデータを受け入れた点において誤りがあった。」³

クレームは治療効果を得るために患者へ毎日の「単位用量 (it dosage)」を投与することを明確に求めていたため、裁判所は、特許が当業者 (skilled artisan) に対し、試験管内 (in vitro) データを安全かつ治療効果のある 生体内 (in vivo) 臨床用量へと変換するための信頼性の高い方法を提供する義務があったと結論付けた。しかし、明細書にはそのようなガイダンスは一切記載されていなかった。

2. 当業者 (Skilled Artisan) への負担の転嫁

裁判所の見解によれば、明細書に「当業者 (skilled artisan) は各患者に対する有効用量を認識している」 (See the ‘162 patent. Col. 8, ll. 60-62) と記載されていることで、用量に関するガイダンスの欠如を回避しようとしていた。CAFCはこのアプローチを退け、当該技術分野の背景知識に全面的に依拠するのではなく、明細書自体が発明の新規な側面に関する本質的な教示を提供しなければならないと判示した。CAFCは、Idenix Pharmaceuticals LLC v. Gilead Sciences Inc., 941 F.3d 1149, 1159 (Fed. Cir. 2019) を引用し、以下のように述べた:

「発明が十分な実施可能性を備えるためには、当該技術分野における通常の知識を有する者の知識ではなく、明細書そのものが発明の新規的な側面を提示していなければならない。」⁴

治療のための「単位用量 (unit dosage)」の計算を全面的に実務者に委ねることで、Wyethの特許は本来特許自体が提供すべきであった基礎的な研究の実施を当業者 (skilled artisan ) に不当に強要した、と裁判所は判断した。⁵

3. 好ましい実施形態に含まれる毒性のある範囲および実施不可能な範囲

CAFCは、明細書に記載された一般的な「予測される (projected)」1日投与量範囲 (例えば1〜1000 mg、2〜500 mg、及び体重1kgあたり0.5〜1000 mgなど) について、その予測を裏付けるために必要な重要な教示がない限り、クレームされた発明を可能にするには不十分であると判断した。

CAFCの見解によれば、AstraZenecaはWyetの共同発明者の一人 (Dr. Haber) および専門家によって裏付けられた、反論の余地のない裁判証言 (uncontroverted trial testimony) を提示した。それによると、3つの好ましい化合物のうち少なくとも2つ (HKI-272 およびEKB-569) において、治療効果を得るために必要な開示範囲内のいかなる用量であっても、ヒトにおける最大耐用量 (Maximum Tolerated Dose, MTD) をはるかに上回ることが示されていた。Dr. Haberは、試験管内で実証された治療用濃度が、ヒト患者に重篤な毒性を伴わず安全に投与できる濃度の「5倍高い (five times higher)」ことを認めた。⁶

CAFCは、一部動作不能な実施形態の開示があっても自動的に致命的となるわけではない (Atlas Powder 引用) と指摘したものの、好ましい実施形態全体にわたり有毒かつ実施不能な組み合わせの割合が高かったため、当業者 (skilled artisan) は安全で有効な用量を見出すために「過度の実験 (undue experimentation)」を行わざるを得なかったと判示した。⁷

4. 予測不可能な分野における「出発点 (Starting Point) 」の罠

第2世代の不可逆的 (irreversible) 阻害剤の生物学的メカニズムは複雑であり予測可能性が極めて困難なため、CAFCは、Wyethの特許が提供したのは単なる出発点、すなわち将来の研究に向けた方針に過ぎず、クレームされた発明を実践するために当業者 (skilled artisan) が反復的な試行錯誤のアプローチを行う負担を負うものと結論付けた。

CAFCは、明細書には、当業者が広い範囲の中で実際に有効な化合物や用量を確実に特定するのに役立つメカニズムやスクリーニングのガイドラインが明細書に一切示されていなかったため、その開示はクレームされた方法の全範囲を実施可能にするには不十分であると判断した。⁸

特許法および臨床治療方法クレームへの影響

 CAFCは、治療方法の特許取得に臨床試験データが必須とされない判例 (例:United Therapeutics Corp. v. Liquidia Technologies, Inc.) と、Wyethケースを明確に区別することに留意している。⁹ CAFCは、特許権者が治療方法法をクレームし、安全性や有効性の試験をFDAに委ねることも可能であることを認めた。しかし、特許権者がクレームをヒトへの投与形態および患者への投与に限定することを選択した場合、広範で調整されていない投与量範囲 (その中には毒性のあるものも含まれる) を単に開示し、試験管内 (in vitro) データのみに依拠して、安全で治療効果のある範囲を見出すための試行錯誤の作業を当業者に委ねることはできないと結論付けた。

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Footnotes

1 The ‘314 patent, col. 9 ll. 33-38.

2 Wyeth LLC v. AstraZeneca Pharmaceuticals LP, __ F.4th __, 2026 WL 1981095, at *5,*7 (Fed. Cir. 2026).

3 Id. at. *1, *7.

4 Id. at *6.

5 Id. at *7.

6 Id.

7 Id.

8 Id. at *8.

9 United Therapeutics Corp. v. Liquidia Techs., Inc., 74 F.4th 1360, 1369 (Fed. Cir. 2023), cert. denied, ––– U.S. ––––,144 S. Ct. 873, 218 L.Ed.2d 59 (2024)

 



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